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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)7243号 判決 1976年2月18日

原告・反訴被告 伊藤千恵子

被告・反訴原告 国

訴訟代理人 押切瞳 ほか五名

主文

1  原告(反訴被告)の本訴請求を棄却する。

2  原告(反訴被告)は被告(反訴原告)に対して、別紙物件目録第一ないし第三記載の各土地につき、昭和一七年一二月九日の売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

3  訴訟費用は本訴・反訴を通じて原告(反訴被告)の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  本訴請求の趣旨

1  別紙目録第一ないし第三記載の各土地につき、原告(反訴被告・以下、単に「原告」という)が所有権を有することを確認する。

2  訴訟費用は被告(反訴原告・以下、単に「被告」という)

の負担とする。

二  本訴請求の趣旨に対する答弁

1  主文第1項同旨

2  訴訟費用は原告の負担とする。

三  反訴請求の趣旨

1  (主位的請求)

主文第2項同旨

(予備的請求)

原告は被告に対して、別紙物件目録第二および第三記載の各土地につき、時効を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

四  反訴請求の趣旨に対する答弁

1  被告の反訴請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

第二当事者の主張

一  本訴請求原因

1  別紙物件目録第一ないし第三記載の各土地(もと東京都昭島市中神町字東新畑一二八四番五、後に目録記載のとおり分筆された、以下、併せて「本件土地」という)は、かつて、訴外伊藤博が所有していた土地である。

2  ところで、訴外伊藤博(以下、「訴外博」という)は昭和四六年三月一九日に死亡し、原告が相続に因り訴外博の地位を承継している。

3  しかるに、被告は、本件土地につき、被告が所有権を有すると主張して、原告が前記相続に因り所有権を取得したことを争つている。

4  よつて、原告は被告に対して、本件土地につき原告が所有権を有することの確認を求める。

二  本訴請求原因に対する認否

1  本訴請求原因1ないし3の事実はいずれも認める。

2  本訴請求原因4は争う。

三  反訴請求原因・本訴抗弁

1  被告(当時の所管庁、陸軍省)は、昭和一七年一二月九日、陸軍航空工廠技能者養成所ならびに立川陸軍飛行場用鉄道引込線軌道の敷地として使用するために、訴外博(或いは、同人の親権者訴外伊藤たか)から本件土地を買い受けたものである(以下、「本件売買」という)。

2  仮に、本件売買が存しないとしても、

被告(当時の所管庁、陸軍省)は、本件土地のうち別紙物件目録第二および第三記載の各土地(以下、「第二・第三土地」という)については、昭和一七年三月九日にその占有を開始し、その後現在に至るまで所有の意思を以て占有を継続しているのである。

被告は、右占有を開始するにあたり本件売買がなされていると過失なく信じていたのであるから昭和二七年一二月九日をもつて、仮に、右占有を開始するにあたり過失なく信じたのでないとすれば、昭和三七年一二月九日をもつて、第二・第三土地の所有権を時効に因り取得したので、ここに援用する。

3  従つて、訴外博は被告に対して、本件土地につき前記1の売買を原因とする所有権移転登記手続を、もしくは、第二・第三土地につき前記2の時効を原因とする所有権移転登記手続をなすべき義務を負担していたのであるが、訴外博は昭和四六年三月一九日に死亡し、原告が相続に因り右訴外人の義務を承継している。

4  よつて、被告は原告に対して、前記の所有権移転登記手続を求める。

四  反訴請求原因・本訴抗弁に対する認否

1  反訴請求原因・本訴抗弁1の事実は否認する。

2  同2の事実中、被告が第二・第三土地を占有している事実は認めるが、右占有を開始した時期が昭和一七年一二月九日であるとの点は不知、右占有を開始するにあたり被告が善意無過失であつたとの点は否認する。

3  同3のうち、原告が訴外博の地位を相続に因り承継した事実は認めるが、訴外博が被告に対して所有権移転登記手続をなすべき義務を負担していたとの主張は争う。

4  同4は争う。

五  本訴再抗弁・反訴抗弁

1  被告が、昭和一七年一二月九日から第二・第三土地を占有しているとしても、被告は右占有を開始するにあたり、当時の所管庁である陸軍省が技能者養成所を建設するための軍用地として、旧陸軍の強権を発動して所有者に有無を云わせずに、いわば、強制的に、右各土地の占有を取得したのである。

従つて、このような場合、被告が取得時効を援用するのは、時効制度の趣旨に反し、権利(援用権)の濫用というべきである。

2  また、前記の事情の下では、被告の時効の成否につき、原告が本件土地の存在に気付いた時から時効期間を起算すべきである。

原告が本件土地の存在に気付いたのは、昭和四八年二月頃である。

六  本訴再抗弁・反訴抗弁に対する認否

本訴再抗弁・反訴抗弁1および2の主張は、いずれも争う。

第三証拠 <省略>

理由

一  本件土地を、かつて、訴外博が所有していた事実ならびに原告が昭和四六年三月一九日の相続に因り訴外博の地位(権利・義務)を承継している事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、被告は、被告が本件売買に因り本件土地の所有権を取得したと主張するので、この点につき判断する。先ず、その前提として本件土地につきかかる売買に関する交渉がなされたか否か、なされたとすればその交渉はどのように進められたのかの点について検討する。

(売買交渉の存否)

<証拠省略>によれば、

(一)  被告(当時の所管庁、陸軍省)は東京都北多摩郡昭和町中神(現、同都昭島市中神町)およびその周辺地域(以下、単に「中神地区」という)に陸軍航空工廠技能者養成所(以下、「技能者養成所」と称する)を建設する計画を立て、昭和一六年から昭和一七年にかけて、陸軍航空本部をして技能者養成所の敷地に使用するための土地を買い受ける交渉手続(以下、「本件買収手続」という)を行なわしめたこと。

(二)  そこで、陸軍航空本部は、昭和一七年一月頃までに中神地区の航空写真を撮影してこれと当該地区の地図とを照合した上で具体的な建設予定地域を決定し、予定地域の内に存する土地についてはその全部を、予定地域の辺域に該る土地についてはこれを分筆して予定地域に含まれる部分を、それぞれ買い受けることとしたこと。

(三)  本件土地は、昭和一七年当時、東京都北多摩郡昭和町中神字東新畑一二八四番三、同一二八三番、同一二八四番二、同一二九〇番二、同一二八五番五の各土地(以下、「周辺土地」という)に接して、或いは、道路を介して囲繞されていたこと。

(四)  ところで、周辺土地のうち一二九〇番二および一二八五番五の各土地は、昭和一七年当時、陸軍用地として一部譲渡されたためにそれぞれ一二九〇番および一二八五番一の各土地から分筆された土地であり、また、周辺土地のうち一二八四番三の土地については、昭和二〇年七月一三日、昭和一七年一二月九日付の買収を原因として、同じく一二八三番の土地については、昭和一九年二月四日、昭和一七年四月一五日付の買収を原因として、いずれも陸軍省の為に所有権移転登記がなされており、同じく一二九〇番二の土地については、昭和一八年一二月二日、陸軍省の為に所有権登記がなされていること。

をそれぞれ認めることができる。

以上の認定事実に徴すれば、とりわけ、技能者養成所の建設予定地は全体的な見地から定められた点ならびに本件土地の位置および周辺土地の状況からみて、陸軍航空本部が本件土地についてもこれを本件買収手続の対象として、技能者養成所の敷地に使用するため本件売買の交渉を進めていたものと推認することができる。

(売買交渉の方法)

<証拠省略>によれば、

(一)  陸軍航空本部は、技能者養成所建設予定地域の公図ならびに土地台帳を調査して当該土地所有者の住所・氏名を把握し、これら所有者を相手方として本件買収手続を進めることとしたこと。

(二)  そこで、右所有者のうち中神地区に居住する者(以下、「居住地主」と称する)、に対してはこれを地区内の学校あるいは役場に集め(以下、「説明会」という)その所有地を技能者養成所の敷地として買収する旨の計画を発表して交渉を開始し、他方、中神地区に居住していない者(以下、「不在地主」と称する)ならびに居住地主であるが右説明会に出席しなかつた者(以下、「欠席地主」という)については、これら地主のうち東京都外に居住するものへは買収関係書類を郵送し、東京都内に居住するものへは陸軍航空本部の担当職員が個別的に訪問して買収計画の説明を行ない交渉に取りかかつたこと。

右(一)および(二)の事実が認められる。

他方、<証拠省略>によれば、

(三)  本件土地の所有者は、昭和一〇年五月三日以降、東京都杉並区高円寺七丁目一〇〇三番地伊藤三五郎と、登記簿上、表示されていること。

(四)  訴外博は、昭和一一年七月二〇日、前戸主伊藤三五郎の死亡に因り家督を相続したのであるが、当時、未成年者(昭和三年三月二三日生)であつたためその母である訴外伊藤たかが、訴外博の親権を行使していたこと。

(五)  訴外博ならびに訴外伊藤たかは、いずれも戦前戦後を通じて、東京都杉並区高円寺七丁目一〇〇三番地に居住していたこと。

をそれぞれ認めることができる。

以上の認定事実を総合すれば、陸軍航空本部は、本件土地につき、その所有者の住所・氏名を調査した際、本件土地の実際の所有者が訴外博であること、同人は中神地区に住居を有しない(即ち、不在地主である)が東京都内に居住していること、しかも、同人は未成年者(昭和一七年当時、満一四、五歳)でありその母(訴外伊藤たか)が親権者となつていることを容易に知り得た筈であるから、訴外伊藤たかをその居住地に訪れて、本件売買のための交渉を行なつた、と推認するのが相当である。

(二) そこで次に、以上の売買交渉の結果として、本件土地につき売買契約が締結されることになつたか否か、締結されたとすればその内容はどのようなものであつたかという点につき判断する。

(売買契約の成否)

<証拠省略>によれば、

(一)  陸軍航空本部は、居住地主および不在地主ならびに欠席地主へ買収計画を説明した後、昭和一七年二月頃、その担当職員を現地に遣わして買収予定地の利用状況(主に、小作関係)を調査し、続いて、その結果を基に前示説明会の席上で選ばれた地主側の代表者(交渉委員)と折衝を重ねて買収価額を算出した(以下、「代金決定方法」という)こと。

(二)  然る後、前示のように、居住地主はこれを一堂に集め、不在地主または欠席地主は郵送もしくは個別訪問して、ここに最終の売買交渉を行ない本件買収につき承諾を得た地主との間では売渡証書を取り交したこと。

(三)  また、前示の代金決定方法に基き算出された代金の支払ならびに買収済土地の所有権移転登記の申請に関しては、必らずしも両手続を同時に行なうというのでなく、売渡証書を取り交した際、前者については陸軍航空本部の側で用意した所定の請求書に地主の捺印を求め、後日、居住地主および欠席地主へは昭和町町長、不在地主へはその居住地の市区町村長に代金を一括して送付し各長を通じて地主毎に支払うこととされ、後者については登記申請書類に捺印を求め、これも後日に、担当職員が右登記の申請をなすこととされていたこと。

(四)  そこで、買収の済んだ土地につき陸軍省への所有権移転登記がなされていないこともありうるので、売渡証書を取り交した段階で、陸軍航空本部は昭和町役場を経由して関係税務署に宛てて買収の済んだ土地につき地主(登記名義人)から租税を徴収することのなきよう通知し、それ以降、除租措置が構ぜられるべく配慮されていた(以下、「除租処分」という)こと。

(五)  なお、陸軍航空本部が行なつた本件買収手続に関しては、当時、地主の側でこれに反対して陸軍省への売り渡しを拒絶した者は僅んどなく、大多数の者はその所有地を陸軍省へ売り渡すことを承諾していたこと。

右(一)ないし(五)の事実が認められる。

ところで、<証拠省略>によると、

(六)  訴外博は、生前、弁護士黒田隆雄に財産の管理を委ねていたのであるが、訴外博が死亡し原告がその相続を開始した際、原告の後見人に就職した訴外福島清は、右弁護士黒田から訴外博の所有していた財産の管理を引き継ぐにあたり、本件土地に関しては何らの指図・説明を受けなかつたこと。

(七)  訴外福島清が本件土地の存在(訴外伊藤三五郎名義であること)に気付いたのは、関東財務局立川出張所大蔵事務官小泉晃から本件土地につき被告へ所有権移転登記手続をなすための承諾を求められた時(弁論の全趣旨によれば、その時期は昭和四八年二月頃と認められる)以降であること。

(八)  また、訴外伊藤たかは、非常に穏やかな性格の持主であり、人の好い女性であつたこと。

右(六)ないし(八)の事実が認められる。

以上の認定事実を総合すれば、殊に、第一に本件土地の所有名義は訴外伊藤三五郎となつているところ、訴外博ならびに原告がその存在にすら気付かずにいたことは、同人らが本件土地の公租公課を負担していなかつたことに因ると推認するの外なく、更には、公租公課を負担せずに済んだ契機としては、他に格別の事情のない本件においては、陸軍航空本部が昭和一七年に採つた除租処分に基くものと推認するのが相当であること、第二に訴外伊藤たかの性格から推察して同人が本件買収手続に対して殊更に反対したとは思われないことから判断して、陸軍航空本部は、昭和一七年、訴外伊藤たかを訪れて本件土地の売買交渉を行なつた結果、同人の承諾を得るに至り、ここに売買契約を締結することになつた、と推認することができる。

なお、<証拠省略>によれば、被告は、昭和二五年一二月二日、「所管換計画第七八号」をもつて前記技能者養成所用地の一部である東京都北多摩郡昭和町中神第三地区の所管を、大蔵省から農林省へと変更したのであるが、その際、所管換の対象となつた中神第三地区の土地には本件土地も含まれていた事実を認めることができるのであるが、かかる認定事実に徴しても、前示の推認を容易にすることができる。(尤も、成立に争いのない乙第三三号証には、所管換の対象となつた中神第三地区の土地のうち本件土地の該当箇所に疑問符が付されているが、以下に説示するところによれば、かかる一事をもつて前示の推認を妨げるには足りない。即ち、<証拠省略>および乙第四一号証によれば、乙第三三号証と同第四一号証とは同一の書類であり、前者は後者の控え用に作成されたこと、更に、乙第三三号証の原本ともいうべき乙第四一号証には、本件土地の該当箇所に疑問符が付されてはいないことを認めることができるからである)。

なお、〔本件売買契約についての親族会の同意〕に関し、左記のとおりに附言する。

本件土地についての売買契約は、前記認定のとおり、被告(当時の所管庁、陸軍省)と訴外博の親権者である訴外伊藤たかとの間で、右伊藤たかの居住地(東京都杉並区高円寺七丁目一〇〇三番地)において締結されたものと考えられるが、昭和二二年法律第二二二号による改正前の民法(以下、単に「旧民法」という)第八八六条第三号により、親権を行なう母が未成年者の子に代わり不動産に関する権利の喪失を目的とする行為をなすには親族会の同意を得なければならないことは明らかなところ、本件証拠によれば、訴外伊藤たかが本件土地を陸軍省へ売り渡すに当たり、親族会の同意を得ていたか否かを判断することは困難である。ところで、旧民法第八八七条第一項によれば、親権を行なう母が旧民法第八八六条の規定に違反してなした法律行為の効力は、無効となるものでなく、取消しうべきものとなるにすぎないことは明らかである。してみると、親権を行なう母との間で子の不動産を買い受けたとの契約を主張立証する場合に、右契約の効果を援用する側において、親権を行なう母が親族会の同意を得ていた事実までをも主張立証すべき必要はなく、却つて、右契約の効果を争う側で、親族会の同意を得ずになされたこと、且つ、かかる行為を取消したことを主張立証すべきである、と解するのが妥当である。従つて、本件において、前示のとおり、訴外伊藤たかが親族会の同意を得ていたかの点につき判然としないのではあるが、かかる故をもつてしては、訴外伊藤たかが陸軍省へ本件土地を売り渡したとの認定は、何ら左右されるべきものではない。

(売買契約の内容)

本件買収手続においては、前記三(売買契約の成否)(三)で説示したとおり、代金支払ならびに所有権移転登記手続につき一定の方法が定められていたのであるから、本件土地の売買契約についても、その点は特定されていたものということができ、してみると、本件土地の売買契約における代金については、かかる方法に従つて算出された金員をもつて対価とする旨の合意がなされていたと推認することができる。

(しかるに、右代金の支払いに関して、本件においてはその有無を証すべき証拠を欠くのであるが、売買代金の支払いの如何は、売買契約の成否に直接の影響を及ぼす事柄ではなく、従つて、右代金が訴外伊藤たかに支払われていたか否か明らかでないからといつて、既に説示した本件土地についての売買契約の認定を妨げることにはならないものである。)

さらに、前記二(売買交渉の存否)(四)ならびに同(売買交渉の方法)(四)・(五)で説示した本件土地の位置および訴外博が不在地主であつた点よりして、本件土地については一二八四番三の土地(特に、<証拠省略>によれば、同地も不在地主の所有であり、且つ、本件土地に接していることが認められる)と同一日付で買収手続がなされたものと考えられるのであり、されば、本件土地の売買契約は、昭和一七年一二月九日付で締結されたものと推認することができる。

四  (結論)

以上の次第によれば、被告(当時の所管庁、陸軍省)は、昭和一七年一二月九日、訴外博の親権者である訴外伊藤たかから本件土地を買い受けているのであるから、訴外博は被告に対し、本件土地につき昭和一七年一二月九日の売買契約を原因とする所有権移転登記手続をなすべき義務があり、かつ、既に説示したとおり、昭和四六年三月一九日の相続に因り、原告が右訴外博の義務を承継しているというべきである。

従つて、その余の点につき判断するまでもなく、被告の反訴請求(主位的請求)は正当であるからこれを認容することとし、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、本訴および反訴の各訴訟費用の負担につきそれぞれ民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤原康志 大沢巌 滝沢孝臣)

別紙物件目録<省略>

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